2回目の世界的流行時には波及を免れたが、3回目は再び日本に達し、1858年(安政5年)から3年にわたり、全国を席巻する大流行となった。いわゆる「安政コレラ」で、江戸だけで10万人が死亡したといわれる(この死者数については、過大である、信憑性を欠く、との説もある)。1862年には、残留していたコレラ菌により3回目の大流行が発生、56万人の患者が出て、江戸では7万3000人が死亡した。
26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/02(金) 16:57:59 ID:JAxanAu3
北条長氏(早雲)がある時
「我が領内に盲人は無用である」
と言い出した
「これより先、我が領内の盲人は悉く捕らえて海に沈めてやる」と言うのである
驚いた北条領内の盲人達はみな我先にと四方に逃げていった
しかし早雲は捕らえてみせた数名の盲人を殺しはしなかった
早雲は彼らを再び釈放すると
「このまま北条の領内に居ては死んでしまうと言い、他国へ入れ
そしてその国のことを儂に知らせよ」
とこっそり命じた
かくして北条領内から逃げ出した盲人達は早雲の間者として働いたという
27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/02(金) 17:40:57 ID:hJPfuS3G
盲人を間者にかあ。考えるなあ……ってか、当時はそんなに盲人いたのかな?
28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/02(金) 17:43:36 ID:o7gqpU5D
昔は目医者もいなかったし、薬らしい薬がなかったので目を病む人がとても多かったんだよ
幕末の頃に蘭学のおかげでようやく進歩が見られるようになりました
カバーを変えるなど改装して再出荷される本もあるが、保管しておいても将来的に売れないと出版社が判断すれば、返本の山は廃棄され、書籍としての役目を終える。年間約2千万冊を古紙原料としてリサイクル業者に買い取ってもらっているが、1キロ当たり十数円が現在の相場だという。
廃棄処分を示す赤いテープを巻かれた本の束を追って、同県三芳町のリサイクル会社「富澤」を訪ねた。カバーや表紙、袋とじなどは手作業で取り去り、裁断機で本の背をザクザクと切り落とす。圧縮機から出てくる巨大な立方体には、もはや本という印象はない。製紙会社向けに出荷されていく。「書籍はリサイクルの優等生。ほぼ100%再生できるんですよ」と同社の冨澤進一専務はにこやかに語ってくれた。
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/04/25(金) 15:25:09.76 ID:rgt2gRQZO
【送信】
二度とメールしてくるなドブス
【返事】
どうした?嫌なことあった?
【送信】
ごめんなさい。
宛先間違えた...。
【返事】
あーもうしね
308 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/04/25(金) 15:25:46.48 ID:xqxq0YEK0
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